215.01

【分野】スピントロニクス

【タイトル】電子の波動関数操作により ピコ秒以下の超高速で磁化制御を実現 ―テラヘルツ周波数帯で動作する低消費電力スピンデバイスに向けて新機能を実証―

【出典】
・東京大学工学部ホームページ(2023年プレスリリース)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-08-01-001
・Le Duc Anh, Masaki Kobayashi, Takahito Takeda, Kohsei Araki, Ryo Okano, Toshihide Sumi, Masafumi Horio, Kohei Yamamoto, Yuya Kubota, Shigeki Owada, Makina Yabashi, Iwao Matsuda, Masaaki Tanaka
“Ultrafast subpicosecond magnetisation of a two-dimensional ferromagnet”
Advanced Materials 35, 2301347 (2023).
DOI: 10.1002/adma.202301347
URL: https://doi.org/10.1002/adma.202301347

【概要】
東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻/附属スピントロニクス学術連携研究教育センターのLe Duc Anh准教授、小林正起准教授、武田崇仁特任助教および田中雅明教授の研究グループは、同大学大学院理学系研究科の鷲見寿秀大学院生、同大学物性研究所の堀尾眞史助教、松田巌教授の研究グループ、分子科学研究所の山本航平助教、理化学研究所放射光科学研究センターの久保田雄也研究員、矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターの大和田成起主幹研究員の研究グループと共同で、X線自由電子レーザー施設SACLAにおいて、強磁性半導体(In,Fe)Asを含む半導体量子井戸構造に30フェムト秒(fs)の長さを持つパルスレーザー光を照射し、量子井戸の磁化を600 fsという非常に短い時間で増大させることに初めて成功した。この磁化変化のタイムスケールは、従来のデバイスで用いられるキャリア濃度の変化である数ナノ秒よりも数桁早い。本研究で実証した波動関数による磁化制御方法は、トランジスタ技術に高い整合性を持つため、テラヘルツ(THz)周波数帯で超高速かつ低消費電力で動作可能なスピントロニクスデバイスや量子デバイスの実現に向けて新たな道筋を示した。

【本文】
強磁性材料がもつ「不揮発性」「再構成可能」という特長と機能を「高速度演算」を担う半導体集積回路に融合することにより、高速かつ低消費電力で動作するスピン機能半導体デバイスを実現することが期待されている。スピン機能を持つ半導体デバイスの出力は強磁性体の磁化(スピンの向き)で制御されるが、磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)を代表とする最も研究が進み実用化されているスピンデバイスでも、磁化制御は速くても数ナノ秒(1 ns = 1000 ps)程度であり、従来の半導体トランジスタ(MOSFET)より一桁程度も遅い。スピンデバイスを用いた次世代の情報システムでは、高速かつ低消費電力で磁化を制御する方法を確立する必要がある。
超高速スピンダイナミクスについてこれまで研究されてきた材料の中で、半導体と強磁性体の性質を合わせ持つ「強磁性半導体」は重要な利点を有する。近年、Fe添加インジウムヒ素(In,Fe)Asの量子井戸構造において、キャリアの波動関数と強磁性層の重なりを電圧で変調することにより、キャリア濃度がほとんど変化しないまま磁気特性を制御できることが発見された。この波動関数による磁化制御法は、従来のキャリア濃度変調による磁化制御法では実現できないpsオーダーの超高速かつ超低消費電力の磁化制御が期待されていた。
本研究では、分子線エピタキシー法を用いた結晶成長により、強磁性半導体(In,Fe)As/非磁性半導体InAsからなる半導体の二層量子井戸構造を作製し、X線自由電子レーザー(X-ray Free-Electron Laser, XFEL)を用いたX線磁気光学Kerr効果(XMOKE)によって、量子井戸内のFe磁気モーメントの総和である磁化の時間変化の観測を試みた。その結果は、赤外超短パルスレーザーが入射されると量子井戸の磁化が600 fsという非常に短い時間で瞬時に増大することを示した(図1)。実験結果の解析と理論計算により、赤外超短パルスレーザーで生成された電子と正孔は光デンバー効果によってそれらの空間電荷で作られるポテンシャルを非常に速く変化させ、2次元電子の波動関数が量子井戸内でシフトし(In,Fe)As層との重なりが増えることで、強磁性量子井戸全体の磁化が超高速で増大される、という機構を解明した。本研究の成果は、波動関数操作による超高速での磁化制御を世界で初めて実証した。
本研究で実証した磁化制御法は半導体トランジスタ技術に応用可能であり、半導体と磁性体の異なる機能の融合を目指す半導体スピンデバイスにおいて、入出力を超高速かつ低消費電力で制御する新しい方法を提案する。
(東京大学 小林 正起)

図1. 強磁性半導体(In,Fe)As/非磁性半導体InAs 量子井戸構造におけるXMOKE測定 [L. D. Anh et al., Adv. Mater. 35, 2301347 (2023).]。(a) 測定系の概念図.(In,Fe)As/ InAs量子井戸構造にポンプ光(赤外光)の超短パルスを照射し、それと同期したプローブ光(XFEL)で量子井戸内のFe磁気モーメントの時間変化を観測する。強磁性量子井戸の磁化によって、反射するXFELの偏光面が回転し(Kerr回転)、それを回転偏光板とフォトディテクターで検出する。(b)XFEL反射強度の時間依存性。フォトディテクターで検出するXFELの反射強度は、強磁性量子井戸のFeイオンの磁化を反映する。ポンプ光が入射された後(time = 0 ps)、非常に短い時間の間(領域I)に磁化が変化する。

215.01”へ1件のコメント

  1. 上野照剛 より:

    田中雅明先生、おめでとうございます。素晴らしい成果です。上野照剛

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