第235回研究会/第82回スピントロニクス専門研究会

テーマ:
「磁性材料の分析評価技術の進展」
日 時:
2022年1月19日(水)13:00~17:20
場 所:
オンライン開催(Zoom)
参加者:
29名

近年,磁性材料の高性能化や新規な用途の開発に伴い,より高精度な材料特性の分析や,これまでに検討されていなかった評価方法・技術の確立が求められている.一方で,測定機器の性能の向上もめざましく,従来は測定が困難だった現象をとらえることが可能となってきている.本研究会では,磁性材料の新規な分析評価技術という側面から,6名の研究者の方々に講演いただいた.いずれも,分析方法・原理についての詳細な解説や多くの観察例などが示され,大変に興味深いご講演であった.活発な質疑応答がなされ,聴講者の高い関心もうかがわれた.

    1. 「鉄の磁石の「表面の謎」を解明!
      ― 表面を一原子層単位の深さ精度で磁性探査できる新技術を開発 ―」

      ○三井隆也(量研機構)

      講演者らが実用化した斜入射メスバウアー分光法の解説がなされた.放射光を線源とした高輝度57Feメスバウアーγ線を57Fe/56Fe同位体置換したFe(001)薄膜に全反射させることで,試料表面の磁気構造の迅速な解析を可能にした.また,Fe(001)表面下の数原子層において原子核位置の内部磁場の大きさが深部(バルク)に比べて一原子層毎に振動的に増減しつつバルク状態となる様子(磁気フリーデル振動)を,本手法を用いて初めて直接観察した研究結果が紹介された.

    2. 「ダイヤモンド磁気センサーを使った磁気構造、スピン波の計測・イメージング」
      ○安 東秀(北陸先端大)

      ダイヤモンド中の不純物窒素と炭素欠陥のペアからなるNV(Nitrogen-vacancy)中心は,室温,大気中でナノスケールの磁気センシングが可能なセンサーとして用いることができ,スピントロニクスとの融合・発展研究が期待されている.講演では,NV中心を用いたネオジム磁性粒子からの漏洩磁場の計測,イットリウム鉄ガーネット(YIG)表面に局在するスピン波の計測・イメージングについての研究結果が紹介された.

    3. 「ブリルアン散乱分光法によるマグノン密度の時間分解測定」
      小田鴻志,岩場雅司,○関口康爾(横国大)

      ブリルアン散乱分光装置はスピン波生成過程のエネルギー時間発展を直接検出できる.講演では,YIG薄膜においてスピン波の量子であるマグノンが室温・大気中で量子凝縮する過程を調査した研究成果が紹介された.計測時のマグノン励起(高周波磁場印加)時間が長くなると,量子コヒーレンスを獲得した凝縮体と新たにポンプ生成されるマグノンとの相互作用が強くなるため,コヒーレント性を失うことが示された.

    4. 「原子分解能磁場フリー電子顕微鏡の開発と応用」
      ○柴田直哉(東大)

      微分位相コントラストSTEM法の原理の解説に続いて,講演者らが開発した試料を強磁場中に導入する必要のない原子分解能磁場フリー電子顕微鏡の紹介がなされた.両者を組み合わせることによる原子スケールの磁場観察が期待されるが,実際には磁場による位相変化は非常に小さく観測が難しいことが示された.その対策として,検出素子のさらなる高性能化,スキャン方法の改善,取り込んだ画像データに後処理を施すことによるSN比向上などの取り組みが示された.

    5. 「磁区構造を可視化する新しいローレンツ電子顕微鏡法」
      ○原田 研(理研)

      透過型電子顕微鏡による磁性体観察手法として一般的なローレンツ電子顕微鏡法において,従来のフレネル法およびフーコー法で観察できるのは,それぞれ磁壁のみおよび磁区のみであり,両者を同時に観測することは困難であった.これに対し,今回新しく開発されたローレンツ電子顕微鏡法である「ホロコーン・フーコー法」では,フーコー法にホロコーン(環状傾斜)照明技術を導入することにより,従来のローレンツ法の欠点を回避し,インフォーカス条件で磁区と磁壁を同時に観測可能となる.講演では,その原理と観察例が紹介された.

    6. 「放射光による磁性材料評価技術の進展」
      ○中村哲也1,21東北大,2JASRI)

      放射光による磁性材料研究において近年普及しているX線磁気円二色性(XMCD)の紹介とともに,講演者らが開発している走査型軟X線MCD顕微分光技術の詳細な解説がなされた.また,Nd-Fe-B焼結磁石の凹凸のある破断面の磁区像観察を例に,外部磁場や入射軟X線のエネルギーを変えながら観察することで,磁区像内の各点ごとの磁気ヒステリシス曲線やXMCDスペクトルが取得可能であることが示された.今後の展望として,加熱もしくは冷却条件下での測定や,硬X線CT(Computed Tomography)と組み合わせた磁石内部の磁区描写についての紹介もなされた.

文責:谷川博信(ソニーセミコンダクタ),萩原将也(東芝),堀川高志(愛知製鋼)