217.01

【分野】
スピンエレクトロニクス

【タイトル】
オペランド磁気分光による界面マルチフェロイク構造の動作機構の解明
――軌道磁気モーメントの役割を明らかに――

【出典】
・Jun Okabayashi, Takamasa Usami, Amran Mahfudh Yatmeidhy, Yuichi Murakami, Yu Shiratsuchi, Ryoichi Nakatani, Yoshihiro Gohda, and Kohei Hamaya, “Strain-induced specific orbital control in a Heusler-alloy-based interfacial multiferroics”
NPG Asia Materials, 16, 3 (2024)
DOI: 10.1038/s41427-023-00524-6
・東京大学(2024年プレスリリース)
URL: https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10150/
・大阪大学(2024年プレスリリース)
URL: https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2024/20240111_1
・東京工業大学(2024年プレスリリース)
URL: https://www.titech.ac.jp/news/2024/068181
・JST (2024年プレスリリース)
URL: https://www.jst.go.jp/pr/announce/20240111/index.html

【概要】
東京大学の岡林潤准教授、大阪大学の宇佐見喬政助教、浜屋宏平教授らは、高スピン偏極率を有するCo2FeSiホイスラー合金薄膜と優れた圧電性能を有するPb(Mg1/3Nb2/3)O3-PbTiO3 (PMN-PT)の積層構造からなる界面マルチフェロイク構造における、巨大磁気電気結合効果の起源を明らかにした。圧電ひずみを印加しながらX線磁気円二色性(XMCD)を測定する技術を用いることで、Co2FeSi中のFeの軌道磁気モーメントが顕著に変化することを捉えることに成功した。本研究成果は、ひずみを用いた軌道磁気モーメントの操作による界面物質設計に指針を与えるものとなる。

【本文】
強磁性体と圧電体の2層から構成される界面マルチフェロイク構造を利用した技術は、材料の選択肢が多いことや室温を含む幅広い温度領域で動作が可能といった応用上のメリットを備えており、電圧印加型の磁化方向制御の有望な技術として注目されている。ごく最近、同研究グループは、強磁性体として高いスピン偏極率を有するCo系ホイスラー合金Co2FeSiと、圧電体として高い性能を有するPMN-PTの組み合わせにより界面マルチフェロイク構造を作製し、磁化方向を効率よく制御できることを実証した。しかしこれらの材料の組み合わせにおいて、なぜ高い性能が得られるのか、その起源は明確ではなかった。
界面マルチフェロイク構造では、電圧を印加した際に圧電体層で生じる圧電ひずみが磁性層に伝播し、磁化方向を変調する。そのため磁化方向制御の起源を明らかにするためには、磁性体層へひずみを印加した際に、磁性体の構成元素であるCoやFeの電子状態がどのように変化するのか、電子論的な「スピン」と「軌道」の観点から理解する必要がある。そこで研究チームは、電子軌道がつくる磁気モーメントを元素ごとに調べることが可能なXMCD分光測定に着目した。これまで高エネルギー加速器研究機構放射光施設(KEK-PF)内のBL-7Aビームラインにおいて、測定試料に電圧を印加しながらXMCD分光測定が可能なオペランドXMCD分光の測定技術を確立しており、今回この測定手法を用いて、正負の電圧を印加した時の各スペクトルを測定し、スピンと軌道磁気モーメントの変化を捉えた。その結果、電圧の切り替えにより磁化方向が変化する時、Co2FeSi中のFeのみ、軌道磁気モーメントが顕著に変化することを明らかにし、界面マルチフェロイク構造における電圧印加による磁化方向制御に重要な役割を担うことを明らかにした(図1)。広域X線吸収微細構造解析(EXAFS)や第一原理計算などを用いた詳細な検討から、図2の状態密度の模式図のように、Coはスピン偏極した伝導電子を担い、Feは軌道磁気モーメントの変調を担うという、磁性層中の元素特有の役割が分かった。
これまで、ひずみと磁化の関係は磁気弾性効果として現象論的に定式化されてきたが、今回の研究により、電子論的なミクロな議論を加えて、印加されるひずみによる軌道磁気モーメントの変化によって、磁性層の磁気異方性の変調を明瞭に説明できることが分かった。本研究グループはこれを「軌道弾性効果」と名付けた。これは、磁気異方性の操作に関する起源に迫るものであり、今後のスピントロニクスデバイス設計に向けた界面の電子状態の理解に指針を与えるものとなる。
今回、界面マルチフェロイクス構造を利用した電圧印加による高効率な磁化方向制御技術における実用化の壁として存在していた10-5 s/m台の磁気電気結合係数を既に実現しているCo2FeSi/PMN-PT界面マルチフェロイクス構造において、高効率な磁化方向の変調の起源について理解が進展した。この成果は、界面マルチフェロイク材料の開発指針に関する重要な知見を提供するものであり、この知見に基づき材料探索を進めることで、より高い性能を有する界面マルチフェロイクス構造を見出すことができると考えられる。
(文責 NIMS 増田啓介、大阪大学 豊木研太郎)

図1 (a) 界面マルチフェロイク構造の模式図. (b) 電圧印加時のXMCDスペクトル.
図2 Co2FeSiの状態密度の模式図.
図1はCreative Commons Attribution 4.0 LicenseのもとにJ. Okabayashi et al., NPG Asia Materials, 16, 3 (2024), DOI: 10.1038/s41427-023-00524-6より一部注記を加えて転載.

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