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【分野】スピントロニクス

【タイトル】スピントロニクスデバイスにおるカオス制御の新原理を提案

【出典】
Ryo Tatsumi, Takahiro Chiba, Takashi Komine, and Hiroaki Matsueda, “Chaotic magnetization dynamics in magnetic Duffing oscillator”, Phys. Rev. E 111, 064202 (2025).
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevE.111.064202 (arXiv:2506.02762)

【概要】
東北大学の辰巳僚氏、山形大学の千葉貴裕准教授らは、カオス的磁化ダイナミクスの新しいモデルとして「磁気ダフィング振動子」を提案した。このモデルでは、二重井戸型の磁気ポテンシャルが力学系理論でカオス発生の鍵とされる「ホモクリニック軌道」を形成する。さらに、この軌道を外部磁場により変形することでカオス発生を制御できることがわかった。この成果は、カオスを利用したニューラルネットワーク技術の発展に寄与することが期待される。

【本文】
 近年、決定論的な支配方程式に従いながらも長期的予測が困難となる「カオス」現象が、ニューラルネットワークなどの情報処理分野における応用の観点から注目されている。スピントロニクスの分野においても、カオス的な磁化ダイナミクスを活用した機能デバイスの実現を目指す研究が活発に進められている。しかし、実際のスピントロニクスデバイスにおいて観測される磁化のカオス的挙動は、多様な非線形効果の存在によってその発生機構を数理的に理解することが困難であった。
 本研究では、磁化ダイナミクスにおけるカオス発生の普遍的理解を目指し、力学系における代表的なカオスモデルである「ダフィング振動子」に着想を得た新たなモデル「磁気ダフィング振動子」を提案した。このモデルは、図(a)のように一軸磁気異方性を持つ強磁性体にそれと垂直に外部磁場を加えることで、二重井戸型の磁気ポテンシャルを形成(図(b))し、ダフィング振動子のように振舞う点に特徴がある。まず、ランダウ・リフシッツ・ギルバート(LLG)方程式に基づく幾何学的解析を行い、スピンの位相空間においてカオス発生の“鍵”となる「ホモクリニック軌道」が形成されることを示した(図(b))。次に、強磁性体と重金属から成る二層構造を仮定し、エルステッド磁場及びスピン軌道トルクの二つの周期的外力を加えた場合の磁化ダイナミクスを数値的に解析しました。その結果、実際にカオス的挙動が発生することを確認した(図(c))。さらに重要な発見として、外部磁場を調整することでホモクリニック軌道の存在や形状を変化させることができ、それによってカオス発生を制御できることを明らかにした。この結果は、カオスを積極的に制御・利用する機能デバイスの設計において極めて有用な知見と言える。本研究で提案した磁気ダフィング振動子は、強磁性共鳴や電圧制御磁気異方性を利用した磁気デバイスなどで実装できる。本研究は、スピントロニクスにおけるカオス的磁化ダイナミクスの基礎的理解を深めるとともに、カオスを利用した新機能デバイス開発への道を拓くものであると期待される。

(NIMS 増田啓介)

(a) 重金属層を流れる交流電流 Iac によって駆動される磁気ダフィング振動子(強磁性体)の概念図。一軸磁気異方性(BK)を持つ強磁性体にそれと垂直に外部磁場(Bex)を加える。(b)ϕ方向における二重井戸型の磁気ポテンシャル及びホモクリニック軌道。(c) スピンのθ-ϕ位相空間における磁気ダフィング振動子のカオスな磁化軌道。

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