1.09

1.09 最近の論文から:Jpn. J. Appl. Phys.

単結晶Fe/MgO/Fe磁気トンネル素子で大信号出力の確認

  産総研の湯浅らは単結晶Fe/MgO/Fe磁気トンネル(MTJ)素子を作製し、室温で88%のトンネル磁気抵抗(TMR)比と380mVの信号出力を確認した(Jpn.J. Appl. Phys. 43, L588(2004))。MRAMやMTJ素子には通常Al-Oアモルファスの障壁層が使用されているが、そのTMR比は室温で70%程度が限界とされている。

東北大の宮﨑らが1995年に室温で18%のTMR比を示すMTJ素子を報告してから、TMR比の大きさは向上を続け、2004年初には約71%の値がアネルバ(日)やNVE(米)から報告された。しかし、70%のTMR比はMRAMやヘッドの応用に対してはまだ十分な値とはいえない。一方、強磁性電極のスピン偏極度からTMR比の大きさを計算する、いわゆるJulliereモデルによれば、FeCo系電極を用いるMTJでは70%程度のTMR比が既に理論的な限界とされている。Julliereモデルは、トンネル過程で電子の運動量が保存されないことを前提としている。実際、既存のMTJ素子では障壁層にアモルファスのAl-Oが用いられているためこのモデルが妥当と考えられている。この限界を超えるために、トンネル過程で運動量が保存される単結晶Fe/MgO/FeにおけるTMR比の理論計算が2001年にMathonやButlerにより行われ、1000%以上の非常に大きなTMR比が期待できると報告された。単結晶MTJでは運動量保存則が厳密に適用されるために、トンネル確率が電子軌道の対称性に大きく依存し、Fe電極中には上向きスピンと下向きスピンが共存しているものの、実際にトンネルすることの出来る電子は上向きスピンのみに限定されるようになる。これは、Feがハーフメタルとよばれる完全スピン偏極状態と等価となったと考えることも出来る。完全スピン偏極状態は高いTMR比を可能とする電子状態である。この理論研究に刺激され、いくつかの研究グループが単結晶MTJの実現に取り組んできたが、TMR比はAl-Oを用いたMTJの値を超えることはなく、最近はその実現可能性に悲観論も出ていた。

  今回の報告されたTMR比は、Julliereモデルの限界を超える値であり、理論的に予測されていた単結晶MTJの可能性を実証したものといえる。また、今回の単結晶MTJ素子では1.2Vもの電圧を印加しても、TMR比の大きさが半分までは減少しないという優れた特性も報告された。従来型MTJ素子では、300~400meV程度の電圧印加でTMR比が半減していたのと比べると大きな進歩である。そのため、素子が発生する電圧も、従来の約倍の380meVの出力が得られた。最近の国際会議ではIBM(MORIS2004)と産総研(MML04)から更に高いTMR比の実現に関する言及があった。今後、MgO障壁を用いるMTJ素子の実用化に向けた研究開発が急速に活発化すると考えられる。

(富士通研究所 大島弘敬)