80.01

分野:
磁気物理
タイトル:
マイクロマグネティクスシミュレーションによるスピントルク誘起確率共鳴の理論解析
出典:
“Micromagnetic understanding of stochastic resonance driven by spin-transfer-torque” Phys. Rev. B 83, 134402 (2011)
 
概要:

マイクロマグネティクスシミュレーションによってスピンバルブにおけるスピントルク誘起確率共鳴の直流電圧信号を計算した。スピントルク強磁性共鳴より1桁大きい数十マイクロボルトの信号電圧が得られることが示唆された。 

本文:

 メッシーナ大学のG.Finocchioらはマイクロマグネティクスシミュレーションを用いてCo/Cu/Pyスピンバルブにおけるスピントルク誘起確率共鳴の直流信号電圧を計算した。彼らはまず絶対零度におけるPy自由層の磁化の直流電流に対する応答を調べ、PyとCuの磁化が双極子相互作用によって反平行(AP)に並んだ状態と、直流スピントルクによってPyの磁化が膜面内を定常的に回転するダイナミック(D)状態の2状態が安定であることを示した。有限温度では熱揺らぎにより系がこの2状態を遷移する。2状態の遷移率が同じになるよう直流電流を調整し、その遷移率の半分の大きさの周波数fresを持つ交流電流を印加すると、Pyの磁化は同じ周波数で2状態間を振動する(L. Gammaitoniら、Rev. Mod. Phys. 70, 223 (1998))。磁化の状態遷移は巨大磁気抵抗効果を通じて直流電圧として検出されるが、この電圧が周波数fresのところにピークを持つわけである。この現象は確率共鳴と呼ばれ、交流電流のような周期信号の検出に応用できる。ただしAP,D2状態間の遷移率は数百マイクロヘルツ程度であり、高周波信号の検出には適用できない。本研究の重要性は数ギガヘルツ程度の周波数領域における確率共鳴を見付けた点である。このような高周波数の遷移率はAP,D状態とCoとPyの磁化が平行(P)に並んだ状態の3つの状態間の遷移に対応する。AP,D2状態間の遷移に比べ磁化の運動の振幅が大きくなり、数十マイクロボルトという大きな信号電圧が得られる。スピントルク強磁性共鳴と比較すると、共鳴周波数は同程度でありながら、信号電圧が1桁大きい点が応用に向けて重要である。彼らは論文の最後に、スピンバルブをトンネル磁気抵抗素子に代えることで信号電圧が30ミリボルトまで上がったという実験結果が得られていることを簡単に述べており、その結果の発表が楽しみである。

(物材機構 谷口 知大)