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【分野】スピントロニクス

【タイトル】スピントロニクスにおける量子情報資源を開拓:強磁性共鳴で見るもつれた量子真空

【出典】
Takahiro Chiba, Ryunosuke Suzuki, Takashi Otaki, and Hiroaki Matsueda, “Circuit-based cavity magnonics in the ultrastrong and deep-strong coupling regimes”, Phys. Rev. B 112, 174403 (2025).
https://doi.org/10.1103/b4ft-qmfv(arXiv:2510.20115)

【概要】
 山形大学の千葉貴裕准教授、東北大学の松枝宏明教授らは、磁化の一様な歳差運動(マグノン)が共振器のマイクロ波光子と“深く”強結合した際に現れる「もつれた量子真空」を明らかにした。マグノンとマイクロ波光子のモード交差点において、非対称なモード分裂を特徴とする非自明な周波数シフトが現れることを見出した。更に、この周波数シフトと真空の量子揺らぎ及びエンタングルメントの関係式を導出することにより、これらの量子情報資源を強磁性共鳴に基づいて実験的に評価する方法を提案した。この成果は、マグノンに基づいた量子情報技術の発展に寄与することが期待される。

【本文】
 共振器マグノニクスは、磁性体とマイクロ波共振器を組み合わせ、マグノン–光子結合を通じて新しい量子状態や情報処理機能を探索する研究分野である。これまでの研究では、結合強度が損失を上回る強結合(strong coupling)領域が主な対象とされてきた。一方、結合強度が共振周波数に匹敵またはそれを上回る超強結合(ultrastrong coupling)や深強結合(deep-strong coupling)の領域では、真空における量子揺らぎが増大し、真空状態であるにもかかわらず、もつれ状態にあるマグノンと光子のペアが生成されると期待される。このような「もつれた量子真空」は、これまで超伝導量子回路においてのみ報告されており、共振器マグノニクスを含む他のハイブリッド量子系においてもその実現が模索されている。
 今回、当研究者らは、図(a)に示すような磁性体とLC共振器に基づいて共振器マグノニクス系を記述するマイクロ波の有効回路モデルを構築した。このモデルの解析により、深強結合領域では、マグノンとマイクロ波光子のモード交差点において非対称なモード分裂を特徴とする非自明な周波数のシフトが生じることを明らかにした[図(b)の矢印]。さらに当研究者らは、この回路モデルを量子化することで、一般的な共振器マグノニクス系を記述する最小量子モデルを導出した。このモデルは、共振器量子電磁力学においてよく知られたHopfieldハミルトニアンに対応し、先の回路モデルで観測された周波数シフトの量子論的起源(粒子数を保存しない相互作用)を説明するものである。さらに、この周波数シフトと、真空の粒子数揺らぎ及びエンタングルメントエントロピーといった量子情報資源との関係式を導出した。これにより、これらの量を室温における強磁性共鳴を通じて、先の周波数シフトから評価する手法を提案した。また、図(c)に示すように容易軸強磁性体におけるソフトマグノンを利用することで、外部磁場に関してマグノンの励起ギャップがゼロとなる点(図(c)では外部磁場100 mT付近)で、量子エンタングルメントが発散的に振舞うことを理論的に示した。今回の研究成果は、従来の強結合を超えて量子領域における新たな共振器マグノニクスを切り拓くものであり、今後の量子情報技術やハイブリッド量子系研究への展開が期待される。

文責:増田啓介(NIMS)

(a)共振器マグノニクス系のモデル。h(t)は単一モードのLC共振器(コイル)内のマイクロ波磁場(光子)、m(t)は外部磁場H0下における磁化の一様な歳差運動(マグノン)。(b)マイクロ波の透過振幅 |S21|2の計算結果。(c)マグノン–光子間のエンタングルメントエントロピーの計算結果。これらの計算では、ミリメートルスケールの棒形状をもったY3Fe5O12を想定した。

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