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【分野】スピントロニクス

【タイトル】Pt下地層の触媒効果により酸化Co薄膜の磁性回復を実証

【出典】
・T. Koyama, N. Seki, D. Chiba, “Underlayer catalytic effect on hydrogen-induced modulation of ferromagnetism”, Appl. Phys. Lett., 126, 262403 (2025)
https://doi.org/10.1063/5.0275709
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/achievement/release/20250708.html
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2025/20250708_2

【概要】
 大阪大学産業科学研究所(SANKEN)の小山知弘准教授、千葉大地教授らの研究グループは、酸化によって劣化した強磁性薄膜の磁性を水素アニール処理で回復させる手法を開発した。特に下地層に白金(Pt)を用いることで触媒効果が発現し、コバルト(Co)層の酸化状態を効果的に還元できることを実証した。本研究成果は、スピントロニクスデバイスにおける磁性劣化問題の解決に道を拓くものであり、次世代不揮発性メモリや磁気センサーの高信頼化に貢献することが期待される。

【本文】
 スピントロニクスデバイスの実用化においては、強磁性薄膜の酸化による磁性劣化が深刻な課題となっている。製造プロセスや動作環境で酸素が侵入すると、磁性体であるコバルト(Co)の磁化が低下し、デバイス性能に直接的な影響を及ぼす。これまで酸化層を抑制する工夫や保護膜の導入などが試みられてきたが、既に劣化した磁性を回復させる有効な手段は限られていた。
大阪大学産業科学研究所と東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターらの研究チームは、酸化マグネシウム(MgO)/Co 薄膜構造の下地層として白金(Pt)または金(Au)を導入し、水素アニール処理による磁性回復効果を系統的に調査した。その結果、Pt 下地を用いた試料では、酸化により消失した異常ホール効果信号が顕著に回復することが明らかとなった(図)。一方、Au 下地では同様の回復は観測されなかった。この差異は、Pt が水素吸着・解離に優れた触媒作用を有するため、Co 酸化物層が効率的に還元されることによるものであることがX線光電子分光(XPS)解析で裏付けられた。
さらに、本手法は比較的低温での処理条件下でも効果を示すため、既存の半導体プロセスとの親和性が高く、産業応用においても実装可能性が高い。これにより、磁性体薄膜の寿命延長やデバイス信頼性向上に直結する技術基盤が提供されることとなる。
今回の成果は、強磁性薄膜の「劣化を防ぐ」アプローチから一歩進み、「失われた磁性を再生する」ことを可能とした点に大きな新規性がある。今後は、Pt 以外の触媒活性を持つ材料探索や、繰り返し処理時の安定性評価、さらにはスピントロニクス素子(MRAM、磁気センサーなど)への実装検討が進められる見込みである。これにより、次世代磁気デバイスの信頼性と持続可能性を両立させる新しい設計指針が提示されたといえる。

文責:三浦健司(岩手大学)

触媒作用による磁性回復の概念図(上)および磁力の測定結果(下)。阪大産研ホームページより引用。
【図1】触媒作用による磁性回復の概念図(上)および磁力の測定結果(下)。
阪大産研ホームページより引用。

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