92.01

分野:
磁性物理
タイトル:
直列に繋がれたスピントルク発振器の磁化ダイナミクスの数値解析
出典:
“Multiple synchronization attractors of serially connected spin-torque nanooscillators”, Phys. Rev. B 86, 014418 (2012).
 
 
概要:
 2つのスピントルク発振器における同位相・逆位相の発振モード(同期)の存在と熱揺らぎによるモード間遷移をマクロスピン模型に基づいて数値的に調べた。
 
 
本文:
 香港バプティスト大学のLiらは複数のスピントルク発振器(STO)が直列に繋がれた系における磁化ダイナミクスを数値的に調べた。近年、ナノサイズのコミュニケーション・デバイスへの応用を目指し、STOの研究開発が盛んに行われている。素子の異方性によって周波数が固定されてしまう強磁性共鳴と異なり、STOでは電流によって周波数を変えることができる。従って一つの発振器で幅広い周波数帯の信号を送信・出力することが可能となり、デバイスの小型化・省エネ化に結び付く可能性がある。ここで問題となるのはSTOの出力をいかにしてあげるか、ということである。解決策の一つとして考えられるのは複数のSTOを同期させる方法であるが、このような系の磁化ダイナミクスの理論解析の報告は少ない。今回、Liらはマクロスピン模型に基づいて熱揺らぎの有無によるSTOの発振特性の変化を調べた。Liらの計算では素子全体を流れる電流の大きさが各STOにおける磁気抵抗効果(磁化の向き)に依存しており、これを通じて各STOの磁化ダイナミクスは電気的に結合している。Liらは特に2つのSTOから成る系を詳細に調べ、熱揺らぎがない時は2つの磁化が同位相および逆位相のダイナミクスの両方が安定であること、熱揺らぎがあるとモード間遷移が起こるため出力が小さくなることを示した。また各STOの磁気特性に差をつけると、その差が大きくなるにつれて、同位相・逆位相の両方の発振が安定な状態から同位相のみ安定な状態、そして同期しない状態に系が遷移することを示した。Liらはいかにモード間遷移を防ぐかという提案をしていないが、例えば熱耐性の大きい材料を用いればモード間遷移を起こさずに2つのよく分離された発振周波数を選択することが可能になるのではないか、と考えられる。本論文は具体的な計算パラメーターの値が記載していないのが残念であるが、それらを明記した上で更に発振出力の材料依存性やモード間遷移の条件式が導出できれば、STOの実現に向けて実験研究を先導することができるであろう。

(産総研 谷口知大)

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