第217回研究会

シン・熱電変換材料

日 時:
2018年3月16日(金) 13:00~17:30
場 所:
中央大学駿河台記念館
参加者:
26名

 熱電変換の研究は、 エネルギーハーベスティング技術の主軸として盛んに行われている。
その研究対象は、 多元系や固体界面の機能を利用した様々な物質・スケールを含み、 熱流と磁気分極の相関・計算機科学の新テーマ出現の舞台となっている。 それらの新テーマの特徴を列挙すると、 理想的な「intrinsic: 真」な結晶の電子物理、 熱振動「thermal vibration: 振」の制御、 薄「thin」膜・界面で生じる電子格子相互作用に起因する熱電能の異常増加、 バルク磁性体で自発的に生じる内部磁場を異常ネルンスト効果により発電に活用する極めて新規な「novel: 新」磁気熱電変換素子である。 いずれのアプローチも片仮名で「シン」と読めるキーワードで表すことができる。 本会はシン・熱電変換材料に関わるトップ研究者5名をお招きし、 最新の話題を解説していただいた。 前半2件は現状の到達状況と課題を出題編として構成された。 後半3件は課題に対する解答編として構成された。 大学・研究機関・企業からの多数の方に来場いただき、 活発な議論がなされた。

  1. 「熱電発電の実用化に向けたナノ構造化と元素代替:材料からモジュールまで」
    ○太田道広(産総研)

    産総研における熱電変換技術に対する長年の試み、 すなわち材料をモジュール化するために注意すべき事項とナノ構造を利用した熱電変換性能指数(ZT)向上について多角的に講義いただいた。 宇宙探査などで実用化されているPbTeのZTは、 PbTe中にMgを含む円形のナノ構造を導入することで、 2倍に向上することが報告された。 また、 既存の実用的な熱電変換材料の資源制約を解消するための新材料として、 硫化物系人工鉱物であるコルーサイト系化合物のZT > 1.0となる熱電変換性能が報告された。

  2. 「熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」
    ○花村克悟(JST、 さきがけ総括)

    熱輸送の機能的な制御、 いわゆるサーマルマネージメントの最近の課題と進歩について講義いただいた。 熱輸送の経路や過程のうち、 特に輻射による熱輸送に対して、 波長、 あるいは周波数毎に分解し、 その特徴を活かすことで、 新たなエネルギー変換システムや省エネルギーあるいは熱回収への展開を目指す課題設定が紹介された。 ご自身の成果としてAu/GaSb/Au構造内の「磁気ポラリトン」(注. 微視的な磁気ポーラロンとは異なり電磁誘導による磁束密度を用いた定義)による熱輻射の吸収効率の向上と、 その発電への応用可能性が述べられた。

  3. 「特殊なバンド構造が生み出す大きな熱電性能」
    ○臼井秀知、 黒木和彦(阪大)

    1電子バンドモデル中におけるエネルギー(E)と波数ベクトル(k)の関係、 すなわちバンド分散の形状は、 E = A|k|N (N = 2、 4、 6)のように、 放物線状(N = 2)よりも大きいNも存在し、 その熱電変換性能との相関を講義いただいた。 酸化物熱電変換材料 NaxCoO2はバンド上端が放物線状よりも平坦となる「プリン型バンド構造」と呼ばれるバンド分散を示すことが紹介された。 このようなNの自由度を考慮した物質設計は、 熱電変換材料の性能向上に有力なアプローチとなりうることが示された。

  4. 「遷移金属酸化物歪界面で発現する特異な熱電能」
    ○片瀬貴義(東工大)

    フォノンドラッグと呼ばれる熱起電力の増大現象(フォノンドラッグ熱電能)がある。 この現象を室温付近の熱電変換性能の向上に対して活用可能な新規デバイス構造について講義いただいた。 フォノンドラッグ熱電能は、 過去には高純度な半導体や局在電子系化合物のような限られた物質の極低温での性質であったが、 近年はTi酸化物に見られるポーラロンとフォノンドラッグ熱電能の密接な相関が着目されている。 各種ペロブスカイト型単結晶基板上にLaTiO3薄膜を原子層成長させ二次元電子化を施した人工超格子における格子不整合ゆがみとフォノンドラッグ熱電能には相関があり、 条件によっては200 μVK-1を超える起電力の増大が生じることが報告された。

  5. 「ワイル磁性体Mn3Snにおける巨大な異常ネルンスト効果」
    ○冨田崇弘、 Muhammad Ikhlas、 中辻 知(東大)

    近年、 反強磁性金属であるMn3Snの室温における巨大異常Hall効果と巨大異常Nernst効果が報告され、 その発現機構と応用可能性に注目が集まっており、 その詳細を講義いただいた。 従来の熱電変換素子は、 非磁性体を用いたデバイスが主流であるが、 反強磁性金属中の巨大内部磁場を異常Nernst効果に活用することによる環境発電への期待を紹介いただいた。 反強磁性金属における異常Nernst効果の発現機構として、 Mn3Snにおける位相幾何学(Topological)電子状態モデルであるWeyl半金属状態の実現が報告された。

文責:神原陽一(慶大)、 近松 彰(東大)