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【分野】スピントロニクス

【タイトル】二酸化ルテニウム薄膜の「交代磁性」を実証
―次世代省エネルギーメモリを拓く第三の磁性体―

【出典】
・Cong He, Zhenchao Wen*, Jun Okabayashi*, Yoshio Miura*, Tianyi Ma, Tadakatsu Ohkubo, Takeshi Seki, Hiroaki Sukegawa, and Seiji Mitani,“Evidence for single variant in altermagnetic RuO₂(101) thin films” Nature Communications (2025).
https://doi.org/10.1038/s41467-025-63344-y
・NIMSプレスリリース 2025年9月24日
https://www.nims.go.jp/press/2025/09/202509240.html

【概要】
 物質・材料研究機構の温振超主任研究員、東京大学の岡林潤准教授、京都工芸繊維大学の三浦良雄教授らの共同研究チームは、二酸化ルテニウム(RuO2)薄膜が「交代磁性(altermagnetism)」を示すことを実験的に実証した。サファイア基板を用いた薄膜成長により単一バリアント配向を実現し、X線回折や透過電子顕微鏡観察に加えて、放射光を用いたX線磁気線二色性(XMLD)測定によってスピン配列を特定した。さらに強磁性体とのヘテロ構造でスピン分裂磁気抵抗(SSMR)を検出し、交代磁性に特有のスピン輸送現象を確認した。本成果は、AIやデータセンター向けの高速・高密度メモリ開発に直結するものであり、RuO2を次世代スピントロニクス材料の有力候補として位置づけるものである。

【本文】
 最近、AIやビッグデータ処理が社会基盤に深く浸透し、データセンターのエネルギー消費は年々増大している。従来の半導体メモリや強磁性体メモリに代わる、省エネルギーで高密度な情報処理技術の開発が強く求められている。スピントロニクス分野では電子の電荷とスピンを利用するデバイスが提案され、強磁性体を用いたMRAMが実用化されている。しかし強磁性体は漏洩磁場のため高密度化に限界があり、反強磁性体は外乱に強いが電気的な読み出し効率が低いという課題を抱えている。
この課題を打破する存在として注目されているのが「第三の磁性体」である交代磁性体である。交代磁性体は、スピンが結晶構造に応じて交互に配列し、全体の磁化は打ち消される一方で、電子状態はスピン方向によって分極する(図1)。したがって外乱に強く、電流を用いてスピン情報を高速に制御できる特性を持ち、次世代の高集積メモリ材料として期待されてきた。
 その候補の一つがRuO2である。RuO2は優れた導電性を持ち、理論的に交代磁性 を示すと予想されてきた。しかし、磁気モーメントを持つかどうかについては研究結果が一致せず、国際的な議論が続いていた。加えて、応用に不可欠な結晶配向の揃った薄膜試料も十分に得られておらず、その磁性の本質は未解明のままであった。
 今回、研究チームはサファイア基板の選択と成長条件を精密に制御することで、RuO2(101)単一バリアント薄膜を作製することに成功した。X線回折測定では単一ピークのみが観測され、結晶配向の均一性が確認された(図3(a))。さらに、透過電子顕微鏡観察ではRuO2と基板の酸素配列が原子スケールで整合していることが示され(図3(b))、配向安定化の物理的メカニズムを明らかにした。これらの結果は第一原理計算の解析結果とも一致し、RuO2 (101)配向の安定性は理論的にも裏付けられることが確認された。
 続いて放射光を用いたXMLD測定を行い、Ru原子由来のネールベクトル(反平行スピンの向き)を直接測定した。試料角度を変えながら測定することで、スピン配列の方向性を詳細に決定し(図3)、温度依存測定によって約390 Kで磁気秩序が消失することを確認した。これらはRu原子の磁気モーメントに由来する交代磁性を直接示す決定的な証拠である。
 さらにRuO2の上に強磁性CoFeB層を積層したヘテロ構造を作製し、スピン輸送特性を調べた。その結果、スピン分裂磁気抵抗(SSMR)が観測され、交代磁性に固有のスピン依存伝導特性が確認された(図4)。これはRuO2における交代磁性を電気伝導特性の観点からに裏付ける結果である。
 以上の結果をまとめると、構造解析・放射光計測・輸送測定の結果が理論計算と整合し、RuO2が交代磁性体であることが多角的に実証された。RuO2は次世代スピントロニクスデバイスの有力候補であり、高速・高密度・省エネルギー型情報処理技術の開発に向けた重要な材料と言える。また、今回確立した薄膜成長やXMLD計測技術は、他の交代磁性材料探索や新規素子開発にも波及効果を持つと考えられる。

文責:増田啓介(NIMS)


【図1】強磁性体・反強磁性体・交代磁性体のスピン配置と電子構造模式図。交代磁性体は全体磁化を持たず外乱に強い一方で、電子状態がスピン方向により分極する。


図2:RuO2単一バリアント薄膜の(a)X線回折と(b)STEM解析。配向の均一性と基板整合性を確認。


図3:RuO2薄膜のRu吸収端でのXMLD測定結果。試料を回転させたときの測定角度を(a)−55°、(b)0°、(c)+35°とした場合のXMLDスペクトルを示す。ネールベクトルの方向を特定し、Ru由来の交代磁性を直接実証。


図4:RuO2/CoFeB二層膜におけるスピン分裂磁気抵抗(SSMR)の観測。電気的測定により交代磁性の存在を裏付け。

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