124.03

分野:
スピントロニクス
タイトル:
遅延回路を用いたスピントルク発振器の臨界電流・線幅の低減
出典:
“Critical current and linewidth reduction in spin-torque nano-oscillators by delayed self-injection”, Appl. Phys. Lett. 106, 242402 (2015).
概要:
ボルテックス型磁気トンネル接合において遅延回路を組み込んだスピントルク発振の理論を構築した。遅延時間を適当な値に選ぶことで発振の臨界電流を25%程度、線幅を1/4にまで抑えることが出来ることが示された。
本文:
スピントルク発振器はナノ強磁性体に電流が流れることで生じるスピントルク効果によって磁性体固有のダンピングをキャンセルし、定常的な磁化の歳差運動を磁気抵抗効果によって電気信号として取り出すデバイスである。数ギガヘルツの発振周波数は通信機器やセンサーへの応用が期待されている。また、本論文の著者の一人(J. Grollier)はスピントルク発振器の人工知能・生体応用の研究で世界を牽引している。しかしスピントルク発振器には発振を起こすための臨界電流が107 A/cm2 以上と大きく、また発振線幅も数メガヘルツ以上の広さがあるという問題がある。これらの問題を解決するために、これまでは例えば外部信号と位相をロックさせるといった手法が用いられてきた。
NISTのKhalsaらはボルテックス型磁気トンネル接合(MTJ)において遅延回路を用いた臨界電流・線幅の低減方法を理論的に提案した。この系ではボルテックスの振動によって生じた交流電流を信号として取り出すだけでなく、MTJに送り返すことで、MTJに直流電流だけでなく交流電流を注入する。ここで重要なのはMTJに注入される交流電流の位相や振幅が回路の遅延時間に依存することだ。普通の(非線形)スピントルクFMR、すなわち交流電流を外から入れる場合、その周波数がMTJの固有周波数に十分近ければ交流電流の初期位相に関係なくいずれロックがかかり、シンクロ運動が起こる。これに対し遅延回路を用いたMTJではボルテックスと注入される交流電流の位相差に相関があるため、ボルテックスの運動が交流信号とロックしようとすると、その交流電流そのものの位相が変化する。これによりボルテックスの位相が遅延時間に依存するようになる。遅延時間が適当な値を取ればFMRのように交流電流でボルテックスを大きく揺らせるので、臨界電流を低減することが出来る。また、外部信号と強く結合するので熱擾乱に対する揺らぎも小さくなる。本論文では遅延時間の変化に対し臨界電流は25%程度、発振線幅は最大と最小値の比が4:1程度になることが示された。この結果が実験で確認されればスピントルク発振器の性能向上という点で重要な進展といえるだろう。その際に遅延回路をいかに小さくするかという問題をクリアできれば大きな注目を集めることになると思われる。

(産総研 谷口 知大)

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