128.01

分野:
スピントロニクス
タイトル:

電圧誘起異方性変化による非線形強磁性共鳴

出典:

“Electric-field induced nonlinear ferromagnetic resonance in a CoFeB/MgO magnetic tunnel junction”, Appl. Phys. Lett. 107, 132404 (2015).

概要:
電圧誘起異方性変化を利用した強磁性共鳴を観測し、その出力電圧から電圧効果を評価した。また入力パワーの変化に伴う周波数変化に非線形効果が含まれていることが示された。
本文:
絶縁層/強磁性金属層接合系に電圧を印加することで強磁性金属層の異方性を制御し(これを以下、単に電圧効果と呼ぶ)、磁化反転を誘起する電圧磁化反転の研究がメモリ応用の面から注目を集めている。実用化に向けては電圧で異方性をどこまで制御できるかを明らかにすることが重要であるが、その指針はまだ確立されていないように思われる。比較としてよく例に出されるスピントルク磁化反転では、大きさMの磁化を反転させるためにはどれだけのトルクを与える必要があるか分かっており、一方で電子のスピン角運動量の大きさもh/(2π)と分かっているので、単位時間当たり何個の電子、すなわちどれだけの電流を注入すればどれだけのトルクが働き磁化反転を起こせるか推量できた。一方、電圧磁化反転では電圧によって異方性をどこまで変化させられるのか、変化量に上限はあるのか、といった点が分かっていない。そのため効率をどこまで上げられるかも不明である。これらを明らかにするには理論・実験の両面から基礎特性を明らかにしていくことも重要である。
東北大学の平山らは電圧効果による異方性変化を利用した強磁性共鳴を行い、異方性の変調量を評価した。原理はスピントルク型強磁性共鳴(FMR) (Tulapurkar et al., Nature 438, 339 (2005))とよく似ており、交流電圧を印加することで異方性の大きさを時間変化させ、磁化の振動を誘起し、その信号を平均化された直流電圧信号として取り出す。本研究では入力パワーを1μWから100μWまで変化させながら出力電圧を取り出し、そこから異方性変化を磁場に焼き直した量(本文式(3)のh)を評価することで電圧効果を78fJ/Vmと評価した(ただし次に述べるようにピーク周波数から非線形効果が議論されている一方で出力電圧を解析する式は線形効果しか含まれていないので、その妥当性を議論する、もしくはどのような非線形効果が電圧信号に現れるのか調べるのも興味深い問題である)。
この研究では解析を非線形領域まで行っている。通常の線形FMRでは異方性で決まる特定の周波数にしか信号が出ない。入力パワーが大きくなって磁化ダイナミクスの振幅が非線形領域まで大きくなると周波数変化が見られるようになる(電圧効果では異方性そのものを変化させるが、それは交流的に起こるので線形領域ではピーク位置はやはりFMR周波数にはずである)。本研究では入力電圧が80mV程度変化する範囲で0.6GHz程度のピーク位置の変化が観測された。
本論文の結果は冒頭に述べたような電圧効果の基礎を理解する上で十分に役立つ結果であると思われる。同時に、今回見られた周波数変化などの非線形現象の理解がより深まれば新しい物理に繋がって面白いと思う。従来の線形FMRは基礎・応用の両面で重要な現象であるが、理論解析という面では(マクロスピン模型の範囲では)単なる調和振動であり、例えば出力電圧の理論式を作るのもそれほど難しい仕事ではない。しかしダイナミクスを非線形領域まで持ってくると簡単な解析や直感を越えた新しい物理が見える可能性がある。大阪大学から既に報告されているスピントルク型の非線形FMR (Miwa et al., Nat. Mater. 13, 50 (2014))や、今回の電圧誘起異方性変化による非線形FMRのように、ナノ構造で非線形現象が観測できるのは非常に興味深いことであり、今後の進展に期待が持てる。

(産総研 谷口知大)