第102回研究会報告

「有機磁性体の現状と展望」

 この研究会では,純有機物の磁性を中心にして分子磁性体の問題を取り上げ,この第一線でご活躍されている方々に最近の成果とその展望について,ご講演をお願いした。講演題目と講演者は以下の通りである。

日 時:1997年11月21日(金) 10:00~17:30
場 所:商工会館
参加者:38名

講演題目:

  1. 有機強磁性の現状
    木下 實(山口東理大)
  2. 遷移金属-フリーラジカル錯体磁性体-キラル磁石へのアプローチ-
    岩村 秀(九大)
  3. 分子磁性体の特異な構造と性質
    阿波賀邦夫(東大)
  4. 電子授受による高スピン電子系の制御
    菅原 正(東大)
  5. 分子磁性体における磁性の光制御 -フェロ-フェリ混合分子磁性と光誘起磁極反転-
    大越慎一,橋本和仁(東大)
  6. フラーレン強磁性体TDAE-C60の結晶成長と磁性
    徳本 圓(電総研)

 1.では,金属元素を含まない有機化合物磁性体を初めて発見された木下先生に,その化合物であるP-ニトロフェニルニトロニルニトロキシドの強磁性について,発見当時のご苦労も含めて詳しく紹介していただいた。また,有機磁性体での転移温度上昇の可能性など,有機磁性体の現状と将来展望を解説していただいた。

 2.では,有機のフリーラジカルを架橋配位子として用い,遷移金属イオンと自己集合・組織化を行わせることにより,両者のスピンを活用したハイブリッド錯体磁性体について紹介された。金属錯体と各種フリーラジカルとを組合せることにより,一次元鎖状,環状,梯子状の二次元網目構造,それがスタックした三次元構造などの構造が合成でき,その構造に伴って,磁性が発現している。三次元ポリマー錯体で,磁気相転移温度TC=46Kが得られている。また,光化学反応によりフリーラジカルを発生させ,磁性を発現させる試みについても紹介された。

 3.では,分子磁性の特異な構造とそれに伴う磁性について,スピンラダーやカゴメ格子などの低次元分子磁性体,Mn12核錯体などのメゾスコピック磁性体,有機溶媒中で磁性が変化する環境応答型磁性体などの有機磁性体が紹介された。銅酸化物系で研究されているスピンラダーやスピンフラストレーションが生じるカゴメ格子の構造をもつ有機物結晶が合成でき,それらのスピンギャップ等の興味ある物性が報告された。また,メゾスコピック磁性体では高スピン(S=9~10)状態を示すMn12錯体クラスターについて,有機ラジカルと組み合わせることにより,Mnクラスターの高スピン状態を制御できることが紹介された。さらに,有機・無機層状物質であるアゾベンゼン誘導体をインターカーレートした層状銅水酸化物は,異なる有機溶媒に浸すことにより,その有機層が単分子膜構造と二分子膜構造との間で可逆的に構造変化を起こし,それに伴って,常磁性から弱強磁性に転移することが示された。

 4.では,有機ラジカル間に強磁性的相互作用をもたすように,有機ラジカルの自己集合体を作り,強磁性を得る試みと,スピン分極型ドナーを一電子酸化することにより,有機ラジカルのスピン系を強磁性相に制御する試みについて解説された。有機ラジカルの構造を高度に設計・制御し,これに電子,光,格子変調などによるスピン系制御機構を組み込むことにより,有機ラジカルのスピン系を自由に制御できる可能性が示された。

 5.では,擬二元系プルシアンブルー類似体A1-xA’x[B(CN)6]において,フェロ磁性(A-B間)とフェリ磁性(A’-B間)が共存するフェロ-フェリ混合磁性を実現したこと,およびその実験結果に対して,理論的な評価を行ったことが述べられた。また,これらの特性を活かし,光誘起磁極反転や,さらに電気化学的に薄膜を作製した場合に,金属イオン比や電極電位を変化させることにより傾斜機能をもった磁性薄膜を作製できることが示された。

 6.では,フラーレンC60の発見からテトラキスジメチルアミノエチレン(TDAE)を付加したTDEA-C60に関する最近までの話題と,TDEA-C60の結晶作製法とその磁気的性質の実験結果について解説された。従来の粉末試料では,強磁性,超常磁性などの様々な磁性が報告されていたが,単結晶試料により,それが強磁性を示すことが明らかになった。ただし,帯磁率の値が粉末試料と単結晶試料では10倍程度異なることや,試料依存性の問題など,克服しなければならない点もまだ数多くあることが指摘された。

 この研究会では,有機ラジカル,金属錯体,電荷移動錯体,高スピン分子など様々な有機磁性体について,わかりやすく解説していただき,その現状と将来展望が一望できる研究会であった。門外漢である多くの学会員にとっては,分子構造や合成法などなじみがなく,理解が困難であったと思われるが,金属磁性体と異なって,磁気特性も含めた分子設計が自由に行えるところは魅力的であり,大きな応用の可能性があるように感じた。しかし,有機磁性体の分野では,金属磁性体や酸化物磁性体などで話題となっている巨大磁気抵抗効果等の現象に関してはあまり興味をもたれていないようで,ナノ構造やそれに伴う磁気相転移温度が容易に制御できる有機磁性体は,この分野での応用が期待できる。今後,有機磁性体と金属磁性体との研究者との交流を深める必要があると感じられた。最後に,当学会員の参加者が半数以下であったことは残念である。少ない参加者にも関わらず,熱心に講演していただいた各講師の先生に感謝する。

(山口大 小柳 剛)